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坂村真民 さかむら・しんみん
坂村真民 さかむら・しんみん

共感を呼ぶ言葉に満ちた詩

母を支えた少年時代

旧・玉名郡府本村(現・荒尾市)に生まれました。幼少の頃父親が亡くなり、5人兄弟の長男として、貧しいながらも必死に暮らしを支える母親を助けました。この時の苦しさや母への感謝、若くして逝った父への畏敬の念や無念さが、彼の詩作活動に大きな影響を与えたと言われています。
1931(昭和6)年に大学を卒業後、熊本県の画図小学校や小天小学校の代用教員を務め、25歳で朝鮮に渡って教職に就きます。終戦後引き揚げ、1946(昭和21)年から愛媛県で高等学校の教壇に立ち、65歳で退職した後は詩作に没頭。1962(昭和37)年には、月刊詩誌「詩国」を創刊しました。2006(平成18)年に逝去、享年97歳でした。

人生の道しるべとして愛される

坂村真民が最初に傾倒したのは短歌の世界でした。本名ではなく、「真民」の名で初めて短歌を投稿したのは、彼が在学していた大学内で発刊されていた雑誌です。愛媛県で教職に就いていた頃、彼の思いは短歌から詩の世界へと移り、1950(昭和25)年、41歳の時に詩誌「ペルソナ」を創刊。42歳で初の詩集を出版しました。

 念ずれば 花ひらく
 苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを
 わたしはいつのころからか となえるようになった
 そうしてそのたび わたしの花がいつもふしぎと 
 ひとつ ひとつ ひらいていった

これは、坂村真民の代表作の一つと言われている詩で、今なお多くの人に愛され続け、その歌碑は日本全国のみならず海外にまで建立されています。
そのほか、「二度とない人生だから」「あとからくる者のために」など、彼が残した数々の詩はどれも、人生の道標となるような言葉にあふれています。

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