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柳原白蓮
柳原白蓮

柳原白蓮は本名を柳原燁子(あきこ)といい、柳原前光伯爵の娘で、大正天皇のいとこにあたる女性です。白蓮は、最初の結婚が破たんした後、27歳で、『筑紫の炭坑王』と言われていた伊藤伝右衛門と再婚。30歳を過ぎたころに歌集を出版し、号を白蓮としました。中央歌壇にも認められ、『筑紫の女王』と呼ばれただけでなく、その美しさから大正三美人の一人にも数えられています。
しかし、伝右衛門との結婚は幸福とは言えないものでした。そんな中白蓮が出会ったのが、宮崎滔天の長男で、新聞記者であり社会活動家でもあった宮崎龍介です。白蓮は龍介のもとへ走り、伝右衛門への公開絶縁状を新聞紙上に発表、世の中を騒然とさせました。
白蓮は、その後龍介と結婚。子どもにも恵まれ、晩年は大変穏やかな暮らしを送り、81歳の生涯を閉じました。

柳原白蓮(本名:燁子)
1885(明治18)年-1967(昭和42)年

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