荒尾の観光スポット

文学紹介

kaitatsukimiko.jpg荒尾が生み 白秋が育てた海達公子

もう すこしで ちつこうの
さきにはいるお日さん

がたに ひかつて
まばゆい まばゆい


sakamura.jpg心の詩人 坂村真民

念ずれば花ひらく
苦しいとき 母がいつも口にしていた このことばを
わたしはいつのころからか となえるようになった
そうしてそのたび わたしの花がいつもふしぎと
ひとつひとつ ひらいていった


【海達公子プロフィール】
大正5年(1916)8月23日長野県飯田市に生まれ、お父さんの仕事の関係で荒尾市で育つ。大正12年に荒尾北尋常小学校(現在の荒尾第二小学校)入学、昭和4年には高瀬高等女学校(現、玉名高校)へ進学。昭和8年(1933)3月26日、女学校卒業式後に虫垂炎で倒れ、腹膜炎を併発。16歳の若さで亡くなる。
小学校2年生の時、「とがったひしのみ うらでもずがないた」という詩を文芸雑誌「赤い鳥」へ投稿。これを北原白秋が絶賛、「赤い鳥の大正13年7月号」に掲載。その後、児童文芸誌や新聞・雑誌に次々と作品を発表し、全国的に知られるようになります。

【坂村真民プロフィール】
明治42年1月6日 玉名郡府本村(現荒尾市)に生まれる。8歳の時に、父親の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男として母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年神宮皇學館(現皇学館大学)を卒業。画図小、小天小の代用教員を経て、25歳の時朝鮮に渡り教職につき、36歳で終戦を迎える。昭和21年から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩作に専念する。昭和37年、月刊詩誌「詩国」を創刊。平成16年3月からは「鳩寿」と改題し、以後毎月、一回も休むことなく発刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によって建てられる真民詩碑は日本全国に分布し、海外の36基と合わせると約737基となる。2006年12月11日永眠される。享年97歳。
ふもと窯敷地内に詩碑が建っている。